IT技術関連のこと、読んだ本の紹介、実際に買って使ったオススメのガジェットなどなど、書いていきます。

2018/10/14

今週の読書紹介(2018/10/08~2018/10/14)『なぜ「偏差値50の公立高校」が世界のトップ大学から注目されるようになったのか!?』『カント批判』『学びを結果に変えるアウトプット大全』


突如として暑くなったり寒くなったりな今週(2018/10/08~2018/10/14)からは次の 3 冊を紹介。


日野田直彦『なぜ「偏差値50の公立高校」が世界のトップ大学から注目されるようになったのか!?』IBCパブリッシング、2018. ( amazonで見る )

最近ちょっとタイトル煽り詐欺みたいな本が続いていたので少し警戒したのですが、これは本当にしっかり答えてくれていました。要するに、超優秀なマネージャ(筆者自身はそうは称していないわけですが)が入ると、組織の変革はこのように起きるものなのか、というとてもすぐれた実例です。しかもこれ、結果を出したのがわずか 3 ~ 4 年というのが脅威です。分野が違えど同じ「教育」に携わる業界に勤めている身としては、このままじゃいけない、と強く危機感を覚えさせられました。

ただの偏差値 50 の公立高校において、いかに、教員・生徒それぞれを巻き込んでいって、自身から自発的に動き出していくようになるマインドセットをするか、というのが、本書で最も重要なポイントとして語られます。これは学校という空間においてのみならず、会社組織はもちろん日本社会全体に言えることでしょうと著者は熱く訴え続けていきます。

そう、本書は、教育方法のメソッド本ではない。実に優れたマネジメントの本なのです。全マネージャ必読、といってもよいかもしれません。「人が人を教えるなど烏滸がましい」という意見を、あるいは、「うちには優秀な人材がいないから」という意見を少しでも持っているタイプの人ほど、本書を手に取ると目が開かれるかもしれません。

本書全編を通じて、頷く回数がとても多く、既に自分の中に考えとしては持っていることばかりだったので、彼と自分とで何が違うのだろうと考えた時には、やはり、実行力なのだろうなと思いました。やりたいことのフィールドが違うからというのはあるわけですが、所属している組織の改革という点においてはまだまだ打ち込める余地が沢山あるので、もう少し力を注いでいけたらと思い直させられました。

最後に、マネージャの神髄を語っている箇所を引用します。

「私は「まず、先生が幸せにならないと」と考えています。そして、先生が幸せになって生徒も幸せにならないとダメだ、と思っています。
 この考え方を支える源は何かと聞かれると、マネージャーが責任をとることだと答えます。それが私の原動力なのです。アメリカでもオーストラリアでも、良いマネージャーとはそういう貢献者です。それこそ本当に能力のある部長であれば、毎月のようにピザパーティーをやっています。「俺のおごりだ、いくぞ!」という感じです。要は、みんなが幸せに仕事ができる空間づくりをしている人なのです。リーダーとして自分がされたように良い職場環境を作り、家族のためにセットアップをする。それがよいマネージャーだと思います。チームのために貢献できるマネージャーであるか、自分のために組織を利用しようとする人になるか。この違いと分かれ目は、世界共通なのです。」 ( 本書 pp.73-74 )


「マネージャーたる「校長」の仕事は、その仕事の意味と価値、そして時間を勘案して、教職員が与えられた時間とお金でその業務を法律内で実施できるか、などを判断することが責務です。これは会社でも同じく、ブラック企業の責任は全てマネージャーにある、と厳しく認識する必要があります。改めて、「それはそもそも本当に必要なのか?」「その仕事をする理由と根拠を今のメンバーが説明できるのか?」「本当はいらないのではないか?」を問う必要があると思います。」 ( 同 p.79)

「校長の役割は、マネージメントです。例えば、「もっと利益を考えろ」「失敗するな」「効率を上げろ」と現場で言い続ける、いわゆる管理型のマネージャーがいます。私の場合は基本的に、利益は必ず上げますが、それは現場ではなく、こちらが考えることだと思っています。要するに、利益が上がるかどうかは、マネージメント側が考えることなのです。
 マネージャーとは、ミッションベースと、社会のマーケットベースで物事を判断し、それをどうやって合わせるのかを考える仕事です。そして現場の人たちはというと、いま自分たちができる最大のポテンシャルを発揮してもらうだけでいいのです。」 ( 同 pp.199-200 )

「「戦力が足りないから改革ができない」、「メンバーがダメだから無理」、「社員がしょぼいから無理」、「お金がないから無理」というのは全てマネジメントサイドに力がないだけです。現在、与えられた戦力で最大限の効果とアウトカムを出すことこそが、マネージャーの責務です。できないのは自分の責任です。」 ( 同 p.200 )

以上、長くなりましたが、重々心に留めておきます。


冨田恭彦『カント批判』勁草書房、2018. ( amazonで見る )

『ローティ論集』に続いて、冨田さん精力的ですね!

カントが無自覚にあるいは意図的に書き残した論理的誤謬をこれでもかという程に指摘されています。カントはほんとこの 200 年もの間、色んな人から批判されていますね。それだけ偉大な仕事をしたというか、尊大な企てをしたというか。

私も、著者と同じく「カントの例えば「人を同時に目的として扱え」という主張は、人間の歴史的知恵を代弁したものとして、心からそれに賛同する。しかし、「ねばならない」や「必然的」や「明証必然性」を連発して人間を縛ろうとする彼の嗜好に、私は心から反対する」 ( 本書 p.169 ) 立場であり、カントの同時代人でいえばハーマン、ヘルダーの方に与するし、また著者と同じくロックの方に哲学的な深みと誠実さをより感じるので、本書で反駁されている内容については、全面的に素直に読んでしまうのですが、一方で単純な興味としてガチでカント寄りな側からの反論を読んでみたいと思わされました。

遅ればせながら章立ては以下の通りです。

  • 「独断のまどろみ」からの不可解な「覚醒」
  • ロックの反生得説とカントの胚芽生得説
  • カントはロックとヒュームを超えられたのか?
  • そもそも「演繹」は必要だったのか?
  • 判断とカテゴリーの恣意的な扱い
  • 空間の観念化とその代償
色々要約しすぎるくらいにすると、「カントが影響受けたと言ってるヒュームはきっとカントの誤読」「ロックを誤読して過小評価しすぎ」「ロック以上のことを結局言えてないというか、モリニュー問題を無視するなど科学的姿勢としてはイギリス哲学と比較して退化しているのでは」「当時のパラダイムに拠って立っているのにそのことを自覚せずに/あるいは無視してアプリオリなものを独断で措定している」「十分な釈明もないままに伝統的論理学からの逸脱をしながらも伝統に沿っていると主張し、証明がされないままに論理展開が続けられている」などなど。

この要約を見て、「え、え、どういうことどういうこと?」と気になった方は、決して易しい本ではないのですが、ぜひ手に取ってみてください。


樺沢紫苑『学びを結果に変えるアウトプット大全』サンクチュアリ出版、2018. ( amazonで見る )

学ぶというプロセスにおいていかにアウトプットが大事かということを、様々な科学的論拠に基づいて切々と訴えかけてくる一冊。

社会人はもちろんのことながら、小中学生くらいの層にこそむしろ読んでおいて欲しいように思いました。普段の学校での授業における「板書コピーノート写し」や「単純講義型」の効率の悪さたるや。受験勉強に至るまでに、ひたすら問題を解くという学び方を会得できないと、青春時代という貴重な時間を大変無駄にすることでしょう。そして学生時代のうちにこの基本を押さえられるようになっておけば、社会人になってからの労苦も減るというものです。

とはいえ著者曰く四十歳を超えてからでも全く遅くはないので、アウトプットが足りていないのでは、という自覚が少しでもある場合には、手に取って読んでみて、そしてこの本に対する感想をまずアウトプットしてみると良いのではないでしょうか。

ちなみに二点ばかり疑問を呈しておきます。アウトプットの重要性について大々的に説いたのは自分が初めてといった主旨のことが書かれているのですが、この 20 年程度の間にすら野口悠紀雄だったり齊籐孝だったりもいるし、ちょっと首を傾げました。それから、ハーバード大の研究によると~、というように権威有るところからの引用をつけると説得力が増すというような話も、NASA で開発くらいの胡散臭さしかないので、権威の有る無しでなく注釈で引用数を紹介する程度の傍証で良いように思いました。引用数の価値を一般の読者が分からないと考えるのは、著者か編集者かの怠惰で、あわせて注釈で紹介すれば良いでしょう。ただ、アウトプットに困っている人にとっては、そんな苦言が霞むくらいには、本書の価値は高いと思います。

2018/10/07

今週の読書紹介(2018/10/01~2018/10/07)『ローティ論集』『虫から死亡推定時刻はわかるのか?』『なぜ上手い写真が撮れないのか』『なにもできない夫が、妻を亡くしたら』


台風来すぎ!! な今週(2018/10/01~2018/10/07)からは次の 4 冊を紹介。


リチャード・ローティ、冨田恭彦編訳『ローティ論集 「紫の言葉たち」 今問われるアメリカの知性』勁草書房、2018. ( amazonで見る )

「プラグマティズムの核心をなすのは、真理の対応説と、真なる信念は実在の正確な表象であるという考えを受け入れるのを、拒否することである。」 ( 本書 p.170 )

そして自身をプラグマティストと称するローティと直接の交流もあった冨田恭彦さんが、 1991 ~ 2007 年までの間に発表されたいくつかの論文・書評・自伝から、日本語に編訳された、しかも、大量の訳註と解題つきという、大変貴重な一冊です。

収められているものは以下の通り。
  • 「ヴィトゲンシュタイン・ハイデッガー・言語の物象化」 ( 1989 )
  • 「合理性と文化的差異」 ( 1991 )
  • 「亡霊が知識人に取り憑いている――デリダのマルクス論」 ( 1995 )
  • 「分析哲学と会話哲学」 ( 2003 )
  • 「反聖職権主義と無神論」 ( 2003 )
  • 「プラグマティズムとロマン主義」 ( 2007 )
  • 「知的自伝」 ( 2007 )
これらのタイトルを見ているわけで垂涎ものですよね。ですよね? ではない?

ローティが、いかに彼の言うところの「精神史」を頭の中にインデックスとして持った上で、言葉を紡いでいるか、ということが、ありありと伝わってきます。しばしば彼を安易に批判する人が「浅い」「哲学ではない」と切って捨てますが、さざ波のような水面の下にどれだけの知的奔流が圧倒的な深さとともに渦巻いていることか。

全編読み通すのに前提知識として持っておいた方がより楽しめるだろうというのが、ローティも「世紀の最も重要な三人の哲学者としてデューイとヴィトゲンシュタインとハイデッガーを挙げた」 ( 同 p.226 ) ように、彼ら三者、とりわけ後期ヴィトゲンシュタインについてです。『探求』もしくは『青色本』を事前に読んでおくのをオススメします。デューイであれば、『学校と社会』あたりを。ハイデッガーについては特にいいかな……

細かく語り始めるとこの一冊分だけで一本以上の記事になってしまうこと必至なので、色々割愛します。

一点。ヘルダーを研究していた私から見ると、ローティはものすごくヘルダーと親和性が高いはずなのですが、ローティがヘルダーについて語っているというのを寡聞にして知らず。本論集の中で言及されているのも、やはりたったの一箇所のみで、ヘーゲルに歴史主義の影響を与えた、というくだりのみ。また、訳註によれば、ヘルダーがまだ若かりし頃に編纂した『批評の森』が参照されているらしく、前期ヘルダーは中期以後のヘルダー自身によって色々と乗り越えられているしヘーゲルに与えたという影響も『異説』や『イデーン』止まりなんじゃないかなーとかいかんヘルダーについて語り出してしまっている……

最後にもう一度ローティに戻って、「知的自伝」から以下を引用して終えます。

「私は 「 絶対的なものは存在するか 」 という問いの余韻すら残っていない時代が来てほしいと思う。その問いを問うことは己の有限性を受け入れる能力がないことをさらけ出しているのであって、いつか人間はもはや自分たちの存在の歴史性と偶然性から逃れようとはしないであろうと思いたいものである。」 ( 同 p.232 )


どこまでも力強いローティの「紫の言葉たち」です。



三枝聖『虫から死亡推定時刻はわかるのか? 法昆虫学の話』築地書館、2018. ( amazonで見る )

タイトルへの回答は、一概に分かるとは言えません、ということだそうです。

しかしそもそも法昆虫学とは何でしょう? 聞き覚えのない学問ですね。著者曰く、「法昆虫学者を標榜する人間が研究している分野であり、他者からみると何をしているのかよくわからない3K(くさい・きらい・きもちわるい)分野」( 本書 p.16 ) とのこと。……という少しユーモアセンスのある著者ですが、分かりやすく改めて引用すると、「ヒト死体を蚕食している昆虫を証拠として分析し、死後経過時間を推定する」 ( 同 pp.15-16 ) ことが主要な目的の一つという実践学問のようです。仕事内容を少し想像してみましょう。はい、すぐに記憶から消し去りたくなるような光景が浮かんできましたね。まさにその光景が具体的な描写でもってありありと語られます。

まずもって、目次に並ぶ小項目の文字列がまたトンデモないです。「死体を食べているウジから推定できること」「死体に入植するウジたち」「飛び跳ねるウジ」「ウジのいない死体」「損傷死体とニクバエの幼虫」といった具合に、ウジハエウジハエウジウジウジ、という単語がもちろん本文中にも飛び交います。蠅だけに。この紹介文で、ウエッ、となるような気の小さな方は本書を手に取るのは控えた方がよろしいでしょう。イケるイケる、という方でしたら、めくるめく新鮮な世界、ぜひ垣間見てみてください。大変フレッシュな印象を受けるでしょう。死体だけに。ただ、食事中にはページをめくらないことをオススメします。

さて最後に、法昆虫学という、この 21 世紀においてまだまだまだまだ未開の学問を、一人険しいウジの山々を徒手空拳で進んでいく著者から、凄まじく説得力のある言葉を賜ったので、ご紹介したいと思います。まさに、「何を言うか」以上に「誰が言うか」という話です。

「どのような分野・仕事でも、「華やかな世界」はごくまれな例であったり、一部の側面にすぎない。そのことを正しく認識し、「地味で目立たないことであっても、なお続けたい」という覚悟や情熱が必要である。」 ( 同 p.46 )



丹野清志『なぜ上手い写真が撮れないのか スランプを突破する最善の方法』玄光社、2018. ( amazonで見る )

タイトルがかなりストレートに煽ってくるわりに、中身は直接的な方法論が書かれているわけでなく、「考え方で写真が劇的に変わる」という帯の通りに、ほとんどが精神論的な内容になっています。全編白黒の本で、具体的な写真が掲載されていたりするものでもありません。

一応、こうしたらよいよ、というのは、あとがきに簡潔にまとまっているのですが……

既に写真をかなり撮ってきていて、コンクールなどにも出していたりするような人、つまり、写真に対して本気度が高ければ高いほど、読む対象としてはオススメの人なのではないかと感じました。そうでなく、普通にスマフォで撮ってるくらいのライト層にとっては、「へえ、そういうもんかー」という受け取り以上にはなかなか得られるものがないはずです。

刺さる人には、間違いなく刺さるのだろうなとは思います。いずれにしても心構えとしては、「写真は楽しくね」ということで!


野村克也『なにもできない夫が、妻を亡くしたら』PHP新書、2018. ( amazonで見る )

野村克也が、野村沙知代をいかに愛していたか、ということはすごくよく伝わってきました。亡くした妻への壮大なラブレター、というのが、本書最大の特徴なのではないかという印象です。出会いから別れまで、悲痛さをそれほど感じさせない語り口で、それでいながら若干の虚無感を覚えさせるような、一種独特で不思議な雰囲気に満ちています。生前の野村沙知代については、学歴詐称だのミッチーサッチー騒動だのというのがあって、若かりし頃に甚だ目障りな印象だったのですが、大変に「強い」人だったのだということがすごく伝わってきました。

ただ、著者のせいではなくて編集者のせいだと思うのですが、このタイトル、「なにもできない夫が、妻を亡くしたら」そしてその横に書いてある「ひとりになる前にしておくべきこと」という煽り文への回答は、特に本書内には無かったように思われます。死ぬまで働け、とか、趣味や生きがいを持っておけ、とかいうのが、そうなのでしょうか。だとしたら、うーん……?? 本文ができあがってからタイトルつけたりするものでしょうから、明らかに編集者側のミスだろうなと感じさせられました。こういうのはしばしば多くて、辟易とします。

2018/09/30

今週の読書紹介(2018/09/24~2018/09/30)『マンモスを再生せよ』『コンピュータサイエンス探偵の事件簿』『誰も知らない! 20代の動かし方』


ほんと雨ばっかりだなー……と愚痴りたくもなる今週(2018/09/24~2018/09/30)からは次の 3 冊を紹介。


ベン・メズリック、上野元美訳『マンモスを再生せよ ハーバード大学遺伝子研究チームの挑戦』文藝春秋、2018. ( amazonで見る )

「未来をあきらめるのはあまりにも安直すぎる。人々は、今日不可能なことと、明日不可能なことを混同している。 ――ジョージ・M・チャーチ」 ( 本書 p.130 )

永久凍土の中に埋もれていたマンモスの遺伝子から、マンモスを生み出す。ただ、ゼロから生み出すのではない。現生のアジアゾウをマンモスにするのだ。そしてその目的の一つは、北極圏に埋蔵された事件爆弾ともいえる大量の二酸化炭素の、地球全土への拡散を防ぐこと……

こんな概要を聞いて、心躍らないひとがいるだろうか、いや、いない。

しかも本書は、『ラス・ヴェガスをブッつぶせ!』や『facebook』を生み出したノンフィクションライターのベン・メズリックの手になるもので、彼がこのテーマを手がけて、面白くないものができあがらないはずがない。彼お得意の小説仕立てからなる、章毎に主体・年代が移り変わっていく話の展開もまた見事なもので、ページをめくる手はやすやすと止めさせてはもらえなくなる。科学的な素養が少なくても、丁寧な筆致により、気づけば読む前よりも合成生物学という分野について一つ賢くなっていることだろう。

「生きたケナガマンモスを復元し、野生に放つには長い時間がかかる。おそらく今世紀の後半になるだろう。」 ( 本書 あとがき p.286 )

その日が来て、実際にこの目で絶滅動物の復活を目にしたいものである。



Jeremy Kubica、鈴木幸敏訳『コンピュータサイエンス探偵の事件簿 データ構造と探索アルゴリズムが導く真実』オライリー・ジャパン、2018. ( amazonで見る )

魔術師が跋扈する架空の世界において、ミステリィ小説仕立てでアルゴリズムとは何ぞやということが語られていく一冊。

ミステリィとしての出来はともかくとして(笑) ストーリー中に各アルゴリズムを組み込んで構成していく手腕は見事なものです。正直、手っ取り早くアルゴリズムを勉強したいという場合には、他の本を手に取る方がよいわけですが、堅苦しいことはよくわからないけれどアルゴリズムというものがどういう時に使われるものなのか、というのを楽しく知りたいのであればオススメできます。

「「アルゴリズムを知らないんだったら、単にそう聞けばいい。アルゴリズムを知ったつもりになるのは大事故のもとだぞ。間違った探索をして、足をすくわれた新人をこれまでも大勢見てきた。君みたいに優秀なやつであっても、だ」」( 本書 p.87 )

なお、コンピュータのことを少しでもかじってると、各地名・人名がニヤリとできて面白いです。Usbポートとか、イテレータ教授とか……


若山雄太『誰も知らない! 20代の動かし方 現代の若者に言うべきこと、言ってはいけないこと』きずな出版、2018. ( amazonで見る )

「誰も知らない」とは、かなり過大な宣伝文句に感じられました。

「20代」と一般化されているものについても、「それはむしろ10代のことでは?」とか、「いや30代以上でも普通に……」とかいうのが、揚げ足とりのレベルでないくらいに目に付きます。

ターゲットを絞るとよい、というのは、マーケティングの王道戦術ではあるのですが、ここはもうちょっと広く「若者」くらいに取ってしまったら、もっと適切だったのかなと。内容自体は、30代までの人が読んでもあまり実りあるものはないかもしれませんが、40代以上とか、かなりジェネレーションギャップが出てきそうかなーと思えそうな方々だと、目から鱗の内容も見られるかも。

それでも、ネット記事とさほど大差ないかなーという印象は拭えません。ただ、若手マネジメントにものすごく困っている人であれば、良い処方箋になりそうです。

2018/09/25

今週の読書紹介(2018/09/17~2018/09/23)『時をあやつる遺伝子』『世界一変な火山』


豪雨激しい今週(2018/09/17~2018/09/23)からは次の 2 冊を紹介。

松本顕『時をあやつる遺伝子』岩波科学ライブラリー、2018. ( amazon で見る )

「時をあやつる遺伝子」って、めっちゃ厨二心を揺さぶられるフレーズですよね。時計遺伝子 ( clock gene ) のことなのですが、ものは云いよう。

さて、本書は時計遺伝子の解説書……というよりかは、時計遺伝子研究史です! 一般書でここまで同時代研究者としての観点もまじえた研究史、それでいてコンパクトに語られているというのは珍しいです。以下、引用します。

「時計遺伝子の研究史をたどりながら、そこで繰り広げられた激しい競争も描くことなら、それを傍で見守り、ときに当事者となり、そしてみごとな負けっぷりを晒してきた私にこそ伝えられる内容に思えた。競争は、ある意味で研究のダークサイド。しかしそれは時計遺伝子研究の発展と不可分だった。この本に、岩波科学ライブラリーの他の書籍とは毛色の違う、少しハードでスリリングな翳りがあるとしたら、そんなところに理由があるかもしれない。」( 本書 p.130 )


山本睦徳『世界一変な火山 知床硫黄山ひとり探査記』サンライズ出版、2018. ( amazon で見る )

「山腹から大量の硫黄がどろどろと流れる、そんな火山は知床硫黄山以外に世界のどこにもない。」 ( 本書 p.180 )

そんな知床硫黄山との出会いから、外国語学部卒という生粋の火山研究シロウトな科学ライターの著者がついには世界的に有名な Journal of Volcanology and Geothermal Research という科学雑誌に論文を発表するに至るまでを、そしてそのちょっと先のお話までを描いた、壮大な、でも至って個人的な、知床硫黄山愛に溢れる一冊。

数千円~数万円程度の研究道具でも、情熱×ニッチな分野という掛け合わせでここまでの成果を出せるという稀有な例です。別にお金をかけないことが美徳であるというつもりはありませんが。何事も、気軽に始めてみるに越したことはないですね。

全ページフルカラーで、写真たっぷり。ついつい、知床に足を運んでしまいたくなることでしょう。もし知床硫黄山に行く場合は十分にお気をつけください。著者も、本気で何度も死にかけていて、本当に、運が良かったというほかないくらいのエピソードが披露されています。

2018/09/17

今週の読書紹介(2018/09/10~2018/09/16)『フランス女子の東京銭湯めぐり』『ホーキング、最後に語る』『世界の路地裏を歩いて見つけた「憧れのニッポン」』


急に秋めいた気候になってきたと思ったら、また夏日が戻ってきたりという、寒暖差激しい今週(2018/09/10~2018/09/16)からは次の 3 冊を紹介。


ステファニー・コロイン『フランス女子の東京銭湯めぐり』GB、2018. ( amazon で見る)

最近、銭湯がますます好きになってまして、何かよい穴場ないかなーと思って手にしてみた一冊。穴場が見つかったわけではありませんが(人気のところばかり!)しかし何とも魅力的なところ揃い。熱々の江戸っ子風呂、さらりとした地下水の透明湯~東京ならではの天然黒湯、 1 万冊以上の漫画読み放題の休憩所つき、女子向けのファンタジックな内装などなど……

銭湯って、行ってみると「あとちょっと広かったら」とか「あとちょっと休憩場所があったら」とかそういうのがあるし、WEB サイトが必ずしも充実していて写真豊富というわけでもないので、こういう本で下調べをするのも良いですね。

あ、フランス女子の入浴写真があるわけではありません、悪しからず。


スティーブン・W・ホーキング/トーマス・ハートッホ/佐藤勝彦/白水徹也、松井信彦訳『ホーキング、最後に語る 多宇宙をめぐる博士のメッセージ』早川書房、2018. ( amazon で見る)

未公開論文とかがない限りは、ホーキング最後の論文ですね。寂しいですね。「最後に語る」とあるのですが、インタビュー形式ではなく、最終論文である「永久インフレーションからの滑らかな離脱?」が収められているだけですので、いつものホーキングによる一般向けの優しい語り口のものではまったくありません。論文については至って難易度高く、専門で理論物理やっていない限りは、その手前に掲載されている解説を見ないと要旨以外サッパリ分からないかと思います。

最終論文以外であるところの、佐藤勝彦によるホーキング略伝と、白水徹也による最終論文に至るまでの足跡を込んだ解説文と、そして、最終論文の共著者であるハートッホのインタビューとは、比較すると平易なので、ページ数も少ないことも手伝って、ホーキング入門の一冊としても手堅いものに仕上がっているように感じられました。

宇宙が永久にインフレーションしていく、というのは、わりかし人口に膾炙した見方となっていると思うのですが、ホーキング=ハートッホ説によると、そういうわけにはいかないということらしいです。

さて、アインシュタイン以来の理論物理学者と云われたホーキング亡き今、量子重力理論の未来はどこにあるのか。ホーキングが育ててきたたくさんの若い芽が花開くのか。今後とも楽しみな分野です。


早坂隆『世界の路地裏を歩いて見つけた「憧れのニッポン」』PHP新書、2018. ( amazon で見る)

著者が若い頃( 2000年前後 )に歩いて回った東欧~中東、それから、最近特に専門的に取り扱っている戦時中日本に関わる東~東南アジア地域について、ルーマニアのマンホールの中をはじめ、戦時中のイラク、内戦前のシリア、太平洋戦争の爪痕残るサイパンなど、あちらこちらにある「日本人の知らない現地人の見る日本」を書き残してくれています。

迂闊にも最近よくある「ニッポンスゲー礼賛」な感じでは全くありません。タイトルからして「ニッポン」という、何というか、何だろう、となる曰くありげな表現を使って煽っている感があるあたり、著者の意図せざる編集者の勝手なるものが覗き見えてしまいます。が、それで敬遠するには、ちと勿体ないような事柄が並んでいます。先にも挙げたようなルーマニアのマンホールの中で「日本に行って働きたい」とつぶやく少年も、まだ戦争の激しくなかったイラクにおいて「日本人なのにグレンダイザーを見てないのかよ!?」とつっこんでくる青年も、まだこの同じ第三惑星地球において息をしているんだろうか、と想いを馳せてしまうくらいには得るものがあります。

やはりというか、東欧~中欧についての章と、東~東南アジアエリアについての章とでは、本人の意識ないところで熱量が違うように感じられました。後者についてがやはり「近い」からなのでしょうね。私はどちらかというと前者の方が読んでいて興が乗ったのですが、それでも、杉原千畝ばかりでなく樋口季一郎について、忘れてはならない! という著者からのメッセージは重く受け止められました。

2018/09/11

今週の読書紹介(2018/09/03~2018/09/09)『とんでもない死に方の科学』『外国語を話せるようになるしくみ』『あたらしくておいしい 日本茶レシピ』


ちょっと公開遅れましたが今週(2018/09/03~2018/09/09)からは次の 3 冊を紹介。


コーディー・キャシディー/ポール・ドハティー、梶山あゆみ訳『とんでもない死に方の科学 もし●●したら、あなたはこう死ぬ』河出書房新社、2018. ( amazon で見る)

『もし●●したら、あなたはこう死ぬ』! ショッキングな書名ですね。でも、こういうタイトルほど、人は惹かれるものです。どうして人はさほどに死に魅入られるのでしょう。でも、ここではその理由 ( why ) にまでは立ち入りません。どのようにして ( how ) 死ぬかに立ち入ります。

あなたがこの本を手にしたとしましょう。目次を開いてみたら、もはやページをめくる指が止まらなくなるはずです。そこには、次のような項目が並んでいます。


  • 旅客機に乗っていて窓が割れたら
  • 乗っているエレベーターのケーブルが切れたら
  • 雷に打たれたら

コワイですね。どれも起こりそうな事故です。そうなってしまった時のために用心してこの本を読んで対策をとっておくとよいでしょう。

さて、他の項目はどんなものが? 見てみましょう。

  • 世界一音の大きいヘッドフォンをつけたら
  • 宇宙空間からスカイダイビングしたら
  • 世界一有毒な物質を口に入れたら

何だかありそうななさそうなことが並んでいます。どうなるんだろう? 気になりますよね。

全部で 45 項目も死に方のシチュエーションが並べ立てられている何とも不謹慎なこの本は、もっともっととんでもない荒唐無稽なものも科学的に、徹底的に科学的に語られています。「スティーヴン・キングとスティーヴン・ホーキングを足して二で割った」(p.10)とは、何とも当を得た紹介文です! さあ、他の項目にも目を向けてみましょうか。

  • 粒子加速器に手を突っこんだら
  • 休暇を取って金星に行ったら
  • 「プリングルス」の工場見学をしていて機械の中に落ちたら
  • ただひたすらベッドに寝ていたら

どうですか、もう、この本を読みたくなって、いてもたってもいられなくなってはいないでしょうか? 最後に、極めつけとも言える項目は、次のものです。

「読書中にいきなりこの本がブラックホールになったら」

さあ、ブラックホールにならないことを祈りながら、本書を手に取ってみましょう。(ちょっとした文体模写で本書の語り口調風に紹介してみました。バチが当たって死にませんように!)


門田修平『外国語を話せるようになるしくみ』サイエンス・アイ新書、2018. ( amazon で見る)

シャドーイングがいかに外国語習得に効果があるかということを、これまでの学術的研究成果をもとに説いていく一冊。いわゆる軽薄な「オレオレメソッド」的なものが紹介されているのではなく、脳科学における臨床試験の成果を中心に、言語習得の道筋が丁寧に語られます。

シャドーイングは、インプット音声を聞いたそばからすぐにアウトプット発声していくというもので、言語習得における次の四サイクルをすべて満たすものとされます。

  • インプット処理
  • プラクティス
  • アウトプット産出
  • モニタリング

まずは 100 万語のシャドーイングを目指してみましょう、ということで、少しやってみようかな……


本間節子『あたらしくておいしい 日本茶レシピ』世界文化社、2018. ( amazon で見る)

日本茶のレシピって……単に飲むだけでは? などと思うことなかれ。飲み方にも色々あります。

開いた後の茶葉に炭酸水を入れるとか、ハーブを浮かべるとか、凍らせるとかは序の口。

ゼリーにしたり、佃煮にしたり、ちぢみにしたり、果てはリゾットまで。「そういうのもあるのか!」と某孤独な人のようになることでしょう。

というかまず、この表紙がたいへんステキですよね。

2018/09/02

今週の読書紹介(2018/08/27~2018/09/02)『アニメビジネス完全ガイド』『病気を治したいなら肝臓をもみなさい』


今週(2018/08/27~2018/09/02)からは次の2冊を紹介。


増田弘道『アニメビジネス完全ガイド 製作委員会は悪なのか?』星海社新書、2018. ( amazon で見る)

製作委員会は悪なのか? と訊かれても、まず、製作委員会って何? という話ですし、そもそも製作と制作の違いとは? というところからですよね。

というわけで、この表題が挙がるまでには、アニメ業界のこれまでの経緯や現状について、データに次ぐデータで明らかにしていき(=衰退している日本産業の中で伸び続けているというデータ)、そして制作、製作、流通という3つがいかにして分業してアニメビジネスを支えているか(ここでは簡単に、制作=クリエイト/製作=プロデュースとだけ)、またそれぞれの中でどんな職種があるか、という細かい説明が経られます。

製作委員会とは簡単にいってしまえばその作品に対する出資者の集まり、というもので、日本のアニメ業界独自に発展してきています。著者による結論は、決して悪と断ずることができるものではない、ということなのですが、その理由付けの詳細が気になる方は本書本文をご参照ということで。

それにしても、構成としてとても良い本だったので、『音楽教育ビジネス完全ガイド』とか誰か書いてくれないものかな。定年過ぎたくらいの会社に縛られないようなポジション取れている人が理想的なんですよね、こういうのは。


高林孝光『病気を治したいなら肝臓をもみなさい』マキノ出版、2018. ( amazon で見る)

まず、肝臓をもむ、という発想がないですよね、普通は。健康な人でも病気の人でも、肝臓が簡単に触れられる位置にある、という認識にないと思います。そう、触れるんですね、いとも簡単に。右側の肋骨の下あたりにあります。

肝臓がいかに人体の中でワイルドカードな働きをしてくれるかについては、たくさんの他の本でも語られていることですが(やってくれること、その数実に、500種類以上)、何はともあれ有名で重要なことは「解毒」ですね。その解毒作用を主とした活動を活性化するには、肝臓に休んでもらう食生活を送るのが一番ですが、それに加えて、揉むと良いですよ、というのが本書の趣旨です。

揉むといっても、いきなりお腹をにぎにぎしてはいけません。本当に皮膚のすぐ下にあるので、迂闊に強く触ると傷ついてしまいます。ボクサーがお腹を守るのは、胃と肝臓への直撃を防ぐためで、もしマトモにブローを受けると立ち上がれなくなるようですね。肝臓の揉み方は、軽く撫でる→撫で回す→上から少しだけポンピングしてあげる、くらいだそうです。これを1日おきにおこなう。もう少し詳しいやり方が気になるようでしたら、本書をご覧ください。