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2018/10/14

今週の読書紹介(2018/10/08~2018/10/14)『なぜ「偏差値50の公立高校」が世界のトップ大学から注目されるようになったのか!?』『カント批判』『学びを結果に変えるアウトプット大全』


突如として暑くなったり寒くなったりな今週(2018/10/08~2018/10/14)からは次の 3 冊を紹介。


日野田直彦『なぜ「偏差値50の公立高校」が世界のトップ大学から注目されるようになったのか!?』IBCパブリッシング、2018. ( amazonで見る )

最近ちょっとタイトル煽り詐欺みたいな本が続いていたので少し警戒したのですが、これは本当にしっかり答えてくれていました。要するに、超優秀なマネージャ(筆者自身はそうは称していないわけですが)が入ると、組織の変革はこのように起きるものなのか、というとてもすぐれた実例です。しかもこれ、結果を出したのがわずか 3 ~ 4 年というのが脅威です。分野が違えど同じ「教育」に携わる業界に勤めている身としては、このままじゃいけない、と強く危機感を覚えさせられました。

ただの偏差値 50 の公立高校において、いかに、教員・生徒それぞれを巻き込んでいって、自身から自発的に動き出していくようになるマインドセットをするか、というのが、本書で最も重要なポイントとして語られます。これは学校という空間においてのみならず、会社組織はもちろん日本社会全体に言えることでしょうと著者は熱く訴え続けていきます。

そう、本書は、教育方法のメソッド本ではない。実に優れたマネジメントの本なのです。全マネージャ必読、といってもよいかもしれません。「人が人を教えるなど烏滸がましい」という意見を、あるいは、「うちには優秀な人材がいないから」という意見を少しでも持っているタイプの人ほど、本書を手に取ると目が開かれるかもしれません。

本書全編を通じて、頷く回数がとても多く、既に自分の中に考えとしては持っていることばかりだったので、彼と自分とで何が違うのだろうと考えた時には、やはり、実行力なのだろうなと思いました。やりたいことのフィールドが違うからというのはあるわけですが、所属している組織の改革という点においてはまだまだ打ち込める余地が沢山あるので、もう少し力を注いでいけたらと思い直させられました。

最後に、マネージャの神髄を語っている箇所を引用します。

「私は「まず、先生が幸せにならないと」と考えています。そして、先生が幸せになって生徒も幸せにならないとダメだ、と思っています。
 この考え方を支える源は何かと聞かれると、マネージャーが責任をとることだと答えます。それが私の原動力なのです。アメリカでもオーストラリアでも、良いマネージャーとはそういう貢献者です。それこそ本当に能力のある部長であれば、毎月のようにピザパーティーをやっています。「俺のおごりだ、いくぞ!」という感じです。要は、みんなが幸せに仕事ができる空間づくりをしている人なのです。リーダーとして自分がされたように良い職場環境を作り、家族のためにセットアップをする。それがよいマネージャーだと思います。チームのために貢献できるマネージャーであるか、自分のために組織を利用しようとする人になるか。この違いと分かれ目は、世界共通なのです。」 ( 本書 pp.73-74 )


「マネージャーたる「校長」の仕事は、その仕事の意味と価値、そして時間を勘案して、教職員が与えられた時間とお金でその業務を法律内で実施できるか、などを判断することが責務です。これは会社でも同じく、ブラック企業の責任は全てマネージャーにある、と厳しく認識する必要があります。改めて、「それはそもそも本当に必要なのか?」「その仕事をする理由と根拠を今のメンバーが説明できるのか?」「本当はいらないのではないか?」を問う必要があると思います。」 ( 同 p.79)

「校長の役割は、マネージメントです。例えば、「もっと利益を考えろ」「失敗するな」「効率を上げろ」と現場で言い続ける、いわゆる管理型のマネージャーがいます。私の場合は基本的に、利益は必ず上げますが、それは現場ではなく、こちらが考えることだと思っています。要するに、利益が上がるかどうかは、マネージメント側が考えることなのです。
 マネージャーとは、ミッションベースと、社会のマーケットベースで物事を判断し、それをどうやって合わせるのかを考える仕事です。そして現場の人たちはというと、いま自分たちができる最大のポテンシャルを発揮してもらうだけでいいのです。」 ( 同 pp.199-200 )

「「戦力が足りないから改革ができない」、「メンバーがダメだから無理」、「社員がしょぼいから無理」、「お金がないから無理」というのは全てマネジメントサイドに力がないだけです。現在、与えられた戦力で最大限の効果とアウトカムを出すことこそが、マネージャーの責務です。できないのは自分の責任です。」 ( 同 p.200 )

以上、長くなりましたが、重々心に留めておきます。


冨田恭彦『カント批判』勁草書房、2018. ( amazonで見る )

『ローティ論集』に続いて、冨田さん精力的ですね!

カントが無自覚にあるいは意図的に書き残した論理的誤謬をこれでもかという程に指摘されています。カントはほんとこの 200 年もの間、色んな人から批判されていますね。それだけ偉大な仕事をしたというか、尊大な企てをしたというか。

私も、著者と同じく「カントの例えば「人を同時に目的として扱え」という主張は、人間の歴史的知恵を代弁したものとして、心からそれに賛同する。しかし、「ねばならない」や「必然的」や「明証必然性」を連発して人間を縛ろうとする彼の嗜好に、私は心から反対する」 ( 本書 p.169 ) 立場であり、カントの同時代人でいえばハーマン、ヘルダーの方に与するし、また著者と同じくロックの方に哲学的な深みと誠実さをより感じるので、本書で反駁されている内容については、全面的に素直に読んでしまうのですが、一方で単純な興味としてガチでカント寄りな側からの反論を読んでみたいと思わされました。

遅ればせながら章立ては以下の通りです。

  • 「独断のまどろみ」からの不可解な「覚醒」
  • ロックの反生得説とカントの胚芽生得説
  • カントはロックとヒュームを超えられたのか?
  • そもそも「演繹」は必要だったのか?
  • 判断とカテゴリーの恣意的な扱い
  • 空間の観念化とその代償
色々要約しすぎるくらいにすると、「カントが影響受けたと言ってるヒュームはきっとカントの誤読」「ロックを誤読して過小評価しすぎ」「ロック以上のことを結局言えてないというか、モリニュー問題を無視するなど科学的姿勢としてはイギリス哲学と比較して退化しているのでは」「当時のパラダイムに拠って立っているのにそのことを自覚せずに/あるいは無視してアプリオリなものを独断で措定している」「十分な釈明もないままに伝統的論理学からの逸脱をしながらも伝統に沿っていると主張し、証明がされないままに論理展開が続けられている」などなど。

この要約を見て、「え、え、どういうことどういうこと?」と気になった方は、決して易しい本ではないのですが、ぜひ手に取ってみてください。


樺沢紫苑『学びを結果に変えるアウトプット大全』サンクチュアリ出版、2018. ( amazonで見る )

学ぶというプロセスにおいていかにアウトプットが大事かということを、様々な科学的論拠に基づいて切々と訴えかけてくる一冊。

社会人はもちろんのことながら、小中学生くらいの層にこそむしろ読んでおいて欲しいように思いました。普段の学校での授業における「板書コピーノート写し」や「単純講義型」の効率の悪さたるや。受験勉強に至るまでに、ひたすら問題を解くという学び方を会得できないと、青春時代という貴重な時間を大変無駄にすることでしょう。そして学生時代のうちにこの基本を押さえられるようになっておけば、社会人になってからの労苦も減るというものです。

とはいえ著者曰く四十歳を超えてからでも全く遅くはないので、アウトプットが足りていないのでは、という自覚が少しでもある場合には、手に取って読んでみて、そしてこの本に対する感想をまずアウトプットしてみると良いのではないでしょうか。

ちなみに二点ばかり疑問を呈しておきます。アウトプットの重要性について大々的に説いたのは自分が初めてといった主旨のことが書かれているのですが、この 20 年程度の間にすら野口悠紀雄だったり齊籐孝だったりもいるし、ちょっと首を傾げました。それから、ハーバード大の研究によると~、というように権威有るところからの引用をつけると説得力が増すというような話も、NASA で開発くらいの胡散臭さしかないので、権威の有る無しでなく注釈で引用数を紹介する程度の傍証で良いように思いました。引用数の価値を一般の読者が分からないと考えるのは、著者か編集者かの怠惰で、あわせて注釈で紹介すれば良いでしょう。ただ、アウトプットに困っている人にとっては、そんな苦言が霞むくらいには、本書の価値は高いと思います。

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