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2018/11/11

今週の読書紹介(2018/11/05~2018/11/11)『VRは脳をどう変えるか?』『感情とはそもそも何なのか』


今週(2018/11/05~2018/11/11)からは次の 2 冊を紹介。期せずして、内容のリンクするような 2 冊となりました。


ジェレミー・ベイレンソン、倉田幸信訳『VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学』文藝春秋、2018. ( amazonで見る )

これまた日本語訳タイトルが的確かどうかという点では首を傾げてしまうのですが、内容の素晴らしさは折紙付です。原題は EXPERIENCE ON DEMAND: WHAT VIRTUAL REALITY IS, HOW IT WORKS, AND WHAT IT CAN DO ということで、直訳するなら、『オンデマンドな体験:VRとは何か、どのように作用するか、そして何ができるか』という感じでしょうか、こちらの方が内容に相応しいです。

本書についても、目次が内容紹介に適切なので挙げておきます。
  • なぜフェイスブックは VR に賭けたのか?
  • 一流はバーチャル空間で練習する
  • その没入感は脳を変える
  • 人類は初めて新たな身体を手に入れる
  • 消費活動の中心は仮想世界へ
  • 二〇〇〇人の PTSD 患者を救った VR ソフト
  • 医療の現場が注目する ”痛みからの解放”
  • アバターは人間関係をいかに変えるか?
  • 映画とゲームを融合した新世代のエンタテイメント
  • バーチャル教室で子供は学ぶ
  • 優れた VR コンテンツの三条件
まずは、既に VR というものが、大掛かりな装置の元では大きく実績をあげているというところから触れられています。アメフトのイメージトレーニングに使われることで採り入れたチームにおいて勝率の劇的な向上が見られたこと。医療現場で PTSD やペインケアとして効果を発揮していることなど。そこでの測定により、 VR での経験は、「VR での経験・体験」ではなく、「実際の経験・体験」と全く同じになっているということが語られていきます。つまりは、「理性では VR なんだと分かっている」ということが、「何も分かっていない」ようになるくらいにまで、既に没入感の高さを実現できているということです。

ここにおいて、 VR は医療や教育のツールとして大きく役立つものとして捉えられるようになりました。もちろん、映画やゲームなどのエンタテインメント、そして、インターネットもそれによって流行ったようにアダルトも、コンテンツとして普及していかなくては、家庭用に一般には広まらないでしょうと予測されています。ただし、二次元平面に向かっていた時代のエンタテインメントのように、ゾンビに襲われたり人を撃ち殺したりといったものは、作られもしないし遊ばれもしないだろうと著者は言います。先に述べた通り、「実際の経験・体験」と同じなので、心的影響が計り知れないものになるからです。軍事的用途としては、残念ながら使われてしまうでしょうが……

VR コンテンツは、非常に安価にコピーできる「オンデマンド経験」になり得ます。これまで、「一対一」だからこその伝播の高さとコストの高さとがあった教授法も、疑似的な「一対一」を作り出すことで、空間的にも時間的にも離れている「一対百」で同じように活用されることでしょう。 VR 空間においては、「本当に相手が人」であろうとなかろうと、「それらしく振る舞うアバター相手」であれば、それは「対人体験」になるといいます。こと VR 空間ではもはや本当に「人でなければ」という「人の居場所」はなく、人の役割は VR コンテンツ(空間)を作ることそれ自体にあるといえるでしょう。

そのあたりの話は、大変興味深く面白く読めていましたが、中でも目から鱗だったのは、「ビデオ通話」が今後は廃れていき、「アバター通話」になるだろうという予測です。相互のアバター情報とベースとなるデータモデリングさえあれば、後はテキストデータのやり取りだけで、お互いの画面上に表示されるアバターが変化していく。こうすれば、インターネットのトラフィックが激減するから、そういうところでも VR 技術は世の役に立つ、というのは、なるほどと膝を打ちました。

きっと 100 人が読めば 100 人が全員面白いと受け取る箇所が違ってくるはずです(いずれの本であろうともそうなのですが、特に) そして紹介の仕方も変わってくるでしょう。何度か読み返したくなる名著と、今この瞬間は思いますが、もしかしたら 10 年後くらいには、「今更読む必要がないくらい常識的な本」などと言われるようになっているのかもしれません。


乾敏郎『感情とはそもそも何なのか 現代科学で読み解く感情のしくみと障害』ミネルヴァ書房、2018. ( amazonで見る )

本当に期せずして、上記の VR 本を読んだ後でこちらを手に取りました。「感情が動く」というのがどのような科学的作用の結果によるものなのか、ということが余すことなく書かれていて、これを読めば、ますます「そりゃ、 VR で感情が動くのは当然だよな」と納得できます。

本書には、巻末あたりに point がまとまっていますので、その中からいくつかを引用しておきます。

  • 感情は、 2 次元で表現できる。
  • 情動は生理的反応、感情はそれに伴う主観的意識体験。
  • 前島によって身体をもつ自己を意識することができる。
  • 眼窩前頭皮質で価値付けられた対象の認知が可能となる。
  • 大脳基底核ループにより、報酬予測誤差や魅力度などの評価を行い、文脈に応じた適切な行動を決定し実行することができる。
  • 私たちが見ている世界は、脳が網膜像から推論した結果である。
  • 網膜像からの外界の構造や状態の推定は、予測誤差最小化で実現できる。
  • 運動するときは、自動的にその結果を予測している。
  • 情動信号の予測信号が感情を決める重要な要因となる。
  • 一時的自己は、自己主体感、自己所有感、自己存在感から構成される。
  • 注意を向けることは、感覚信号や内受容信号の精度を高めることである。
  • INF-α により側坐核のドーパミン低下と活動低下がみられる。これは、快感消失、抑うつ、疲労と相関する。
  • 島において疲労を感じ、前帯状皮質でモチベーションの低下が起こる。
  • うつ病の本質は「炎症」である。
  • うつ病は前帯状皮質膝下部( sgACC )の活動がマーカーとなる。
  • ドーパミン反応は、線条体と腹内側前頭前野ではモチベーションを上げ、島ではモチベーションを下げる。
  • 前島は内受容信号と予測信号の比較器である。
  • オキシトシンによる抑制によって、接近行動が促進される。
  • 不確実さ・共変動バイアス・不耐性は、島と前帯状皮質の活動と関係している。
  • 知覚と認知の境界はない。すべてが切れ目なく互いに相互作用している。
  • 運動野から筋肉に伝えられるのは運動指令信号ではなく、目標となる姿勢の自己受容感覚である。
  • 脳内では、知覚と運動は区別できない。
まとめると、色々なことを決定する中枢となるものは、やはり脳だと言えますが、その脳に影響を与える変数を担うものが全身にあれこれ多すぎて、一つ一つは単一の式で表現され説明されるものであったとしても、総体で見ると複雑系なのではないか……と思いました。

全く知らなかったこととして、「自由エネルギー原理」というのが一点あるのでご紹介。これは、「フリストンが2005年から2010年の間に脳の情報処理の統一理論として構築したもの」 ( 本書 p.124 ) で、ヘルムホルツの「自由エネルギー」から着想を得たとのこと。「各階層から下の階層の状態の予測信号が出力され、上の階層から当該の階層に予測信号が入力される。そして各階層で予測誤差が計算される。自由エネルギーを最小化することによって、外界の階層的な属性が推論される。このように階層的な構造で推論されるので、低次の推論も高次の認知やメタ認知情報の影響を受ける。低次レベルの内受容感覚の予測も高次のレベルにおける内受容感覚の変化の原因の認知の影響を受けるため、感情の2要因論とよく対応している。一方、自由エネルギー原理によれば、予測信号(信念)を書き換えることによってエネルギーの最小化ができるだけでなく、注意や行動を通して入力自体を変化させることによっても最小化が可能である。前者が知覚の無意識的推論であり、後者が能動的推論である。」 ( 同 pp.150-151 )

とにもかくにも、「感情とは何か」という疑問に対する教科書的一冊として、素晴らしく優れたもので、一読をオススメします。

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